曾我五郎時致関連エントリー

[演劇]京都南座「歌舞伎顔見世公演 昼の部」

... 第一 正札附根元 草摺 (しょうふだつきこんげんくさずり) 曽我 五郎時致 愛之助 小林 妹 舞鶴 孝太郎 第二 八陣 守護 城(はちじんしゅごのほん ...

[演劇]京都南座「歌舞伎顔見世公演 昼の部」

吉例顔見世興行 昼の部(1)

... 正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり) 曽我五郎時致/愛之助 小林妹舞鶴/孝太郎 父の敵を討とうと血気にはやる曽我五郎時致が、鎧をひっさげ駆け出すとこ ろ、女ながらも力自慢の舞鶴が鎧の草摺を掴み引き止める。 ...

吉例顔見世興行 昼の部(1)

吉例顔見世興行 2008.12

... 片岡孝太郎 父の敵を討とうと血気にはやる曽我五郎時致が、鎧をひっさげ駆け出すところ、女ながらも力自慢の舞鶴が鎧の草摺を掴み引き止めます。勇ましい両者の“引き事”が見ものの舞踊劇です。 ...

吉例顔見世興行 2008.12

南座の顔見世に行ってきた!

... 11月30日(日)~12月26日(金) 第一 正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり) 曽我五郎時致 愛之助 小林妹舞鶴 孝太郎 第二 八陣守護城(はちじんしゅごのほん ...

南座の顔見世に行ってきた!

謡曲史跡めぐり ~曽我物語~

... そして、縁者にあたる 北条時政 を頼って元服し、 曾我五郎時致 を名乗りました。 兄・十郎 と 弟・五郎 は仇討ちを誓い、 建久4(1193)年5月、源頼朝が富士の裾野で開催した巻狩の最終日の夜、 曽我兄弟は寝所に押し入り ...

謡曲史跡めぐり ~曽我物語~

曾我五郎時致とは?

『曾我時致』より : 曾我時致(そがときむね、承安4年(1174年) - 建久4年5月29日 (旧暦) 5月29日(1193年6月29日))は、鎌倉時代初期の武士。曾我十郎祐成の弟。曾我五郎とも称される。
3歳の時、実父河津祐泰が1176年(安元2年)に一族の工藤祐経に暗殺され、その後母の再嫁先である相模国曾我荘(現在の神奈川県小田原市内)の領主曾我氏において兄祐成とともに養育され、曾我氏を称した。元服後は鎌倉幕府執権北条時政の庇護の下にあったという。1193年(建久4年)富士の巻狩が行われた際、兄祐成とともに父の敵工藤祐経を殺害し、兄は仁田忠常に討たれ、時致は将軍源頼朝の宿所を襲おうとしたが捕らえられた。翌日、頼朝の取調べを受けた際、仇討ちに至った心情を述べて頼朝は助命を考えたが、祐経の遺児の要望により処刑された。

曾我五郎時致の詳細